インド西部のアフマダバード(世界遺産) ~ル・コルビュジエと名建築が見られる街~

この記事は建築家ル・コルビュジエがインドのアフマダバードで残した建築、また、アフマダバードで見学できる名建築に関心のある方へ向けて書かれています。コルビュジエをはじめとしたいくつかの代表建築をご紹介しています。

(残り一つの大型都市計画、建築プロジェクトのチャンディーガルについてはこちらの別記事にて記載)

アフマダバード(Ahmadabad)について

Ahmadabadは日本語で「アフマダバード」「アハマダバード」「アーメダバード」など、複数の表記が存在します。

アフマダバードはインドの西。首都デリーから飛行機で約1時間半の場所にあります。グジャラート州の主要都市です。

2017年、アフマダバードの歴史建造物群を含む町全体が“アフマダーバードの歴史都市”としてユネスコの世界遺産に登録されました。

街の中心を流れるサーバルマティー川を挟んで、近代的な新市街(西)と、歴史と混沌に満ちた旧市街(東)に分かれており、旧市街は約600年の歴史をもっています。旧市街では、現在もオート・リクシャと呼ばれる三輪車が地元民の主な交通手段となっています。

 

アフマダバードは、2018年にプリツカー賞を受賞したバルクリシュナ・ドーシの活動拠点であり、また、都市計画家として知られるルイス・カーンの建築作品もあります。

さらにユネスコの世界遺産に登録されるほど価値のあるインド伝統建築も充実しています。

ル・コルビュジエが受けたアフマダバードの印象

ル・コルビュジエは生涯で23回インドを訪れました。毎回、約1か月間滞在し、それは亡くなる前年まで続きました。

灼熱と乾ききった大地と混沌。コルビュジエはインドで不安と煩悶の中で作品を残したと伝えられます。

ル・コルビュジエは、その著書『モデュロールⅡ』の中で、次のように述べています。

アフマダバードの気候はひどいものである。そのためにはいろいろの予防が必要である。

引用元:ル・コルビュジエ『モデュロールⅡ』吉阪隆正訳/鹿島出版会、175頁)

実際、スイスの美しい山間部に生まれ育ったル・コルビュジエにとって、極度に乾燥し、夏には50℃にも気温が上がるインドの気候は、耐えがたいものであったかもしれません。

アフマダバードに限らず、インドは多彩な宗教、文化、民族が融合する混在の地。西欧的な合理性と秩序の中で人生を歩んできたコルビュジエにとって、様々な生物が区別なく生き生きと活動し、万物が一体化しているインドの現実には強い衝撃を受けたと言われます。

ル・コルビュジエはその混沌と真正面から向き合い、インドに名建築を残しました。

▲現在のアフマダバードの旧市街。19世紀から繊維産業で栄え、現在もインド綿織物生産の中心地のため、旧市街には織物の手工芸品や日用品の店が立ち並び、町中にはインドの美しい民族衣装のサリーを女性も目立ちます。

インドのル・コルビュジエ建築を見るベストシーズンは?

インドの季節は大きく3つに分けられ、10~3月が乾季、4~6月が暑季、7~9月が雨季となります。乾季(10~3月)はほとんど雨がなく、過ごしやすい時期です。

冬にあたる11月末~2月は、デリーなどの北インドでは朝晩冷え込みますが、日中は雨量が少なく過ごしやすく、中でも12~2月がベストシーズンと言われます。実際、旅行会社のインドツアーの多くは12~2月によく催行されているようです。

ただ、首都のデリー周辺では、12月は霧も多く、フライトの遅延や変更が発生しやすい時期でもあります。

ル・コルビュジエ建築を見学する場合に注意点は、アフマダバードやチャンディーガルで、入場施設や定休日やインドの国民祝日(休館)、地方のお祭りの期間(臨時休館はホテル代の高騰)に当たらないことです。

これらを踏まえると、訪問のベストシーズンは「1~2月で現地の祝日やお祭りにかからない期間」と言えるでしょう。

▲首都デリーでのひとコマ(イメージ写真)

アフマダバードのル・コルビュジエ建築

ル・コルビュジエは、アフマダバードに4つの建築(※)を築きました。

繊維業者会館(1951-1954/Mill Owner’s Association Building)、サンスカル・ケンドラ美術館(1957/Sanskar Kendra Museum)、その他に「サラバイ邸」「ショーダン邸」という住宅です。(住宅の2か所は現在も個人邸として利用されているため、一般の内部入場見学は不可)

繊維業者会館(1952-54年)

繊維業者会館(Mill Owner’s Association Building)はアフマダバードの主要産業である繊維織物業協会の建物。繊維織物業協会はル・コルビュジエのパトロンでもありました。

ル・コルビュジエは、当時のインド首相の秘書宛に、“繊維業者会館は、現代建築がインドの(灼熱の)気候にも対処することができるという一つの証拠である”といった主旨で手紙を送ったと言われます。ぜいたくな空間の設け方がされており、ル・コルビュジエ建築の中でも最も空きスペースが多い建築の一つと言われています。

ATMA House 187

▲繊維業者会館(1951-1954)▼Mill Owner’s Association Building (Photo©Sanyam Bahga)

▲涼しげな、広々とした涼しげな空間▼ 画像出典 www.archdaily.com©panovscott

画像出典 www.archdaily.com©Nicholas Lyadurai

▲繊維業会館で入手した土産品。コルビュジエのファンとしては嬉しいグッズ。

サンスカル・ケンドラ美術館(192-58年)

ル・コルビュジエが設計した3つの美術館の一つがアフマダバードのサンスカル・ケンドラ美術館(Sanskar Kendra Museum)です。別の2つは東京の国立西洋美術館、チャンディーガルの美術館(Museum&Art Gallery)で、これらは“コルビュジエの美術館3兄弟”とも言われています。

1階にはかつてこの地域でインドで凧(たこ)が流行した時代の人々の様子や凧の歴史資料が展示され、通称「凧の博物館」とも呼ばれます。

いずれもピロティのある正方形のプラン(平面計画)となっています。

インドのレンガやコンクリートの仕上げは粗く、コルビュジエの日本人弟子である前川國男が指揮をした東京の西洋美術館の仕上げと比べると、日本とインドの風土の違いが出ているのが興味深い点です。

▲サンスカル・ケンドラ美術館(1957/Sanskar Kendra Museum)▼

サラバイ邸(1952-56年)

サラバイ邸(Villa de Madame Manorama Sarabhai)は、現在、個人邸となっており、一般観光客は見学することができません。

サラバイ未亡人とその二人の息子のための住宅である。
構造はカタロニア式のヴォールトで、天井に貼られた煉瓦の赤茶色が、床のマドラス産の黒い石と美しい対比を見せている。
しかし、屋根はヴォールトをコンクリートで平らに覆った陸屋根としている。屋上は緑にあふれた庭園となっていて、現在では屋根を草花の緑が覆い尽くしているほどである。ル・コルビュジエの住宅建築のなかで、この住宅ほど、緑のなかに包まれている感じがするものは他にないのではなかろうか。
また、庭に設けられたプールや、屋上の水路は、涼しい空気を運び、コンクリートを熱から守るという、水の効果が工夫されたものである。
「モノル」にはじまったル・コルビュジエの薄く軽快なヴォールトは、洞窟的空間像に回帰して作品に現れ、《ウイークエンド・ハウス》《ナンジェセール・エ・コリのアパート》《ジャウル邸》《高等裁判所》などに使われる。そして、《サラバイ邸》において、インドならではの半屋外空間が大切に表現され、人や風や、すべてが通り抜けていくトンネルのような住宅が完成したのである。引用出典元:ギャルリータイセイのウェブサイトより

ショーダン邸(1952-56年)

ショーダン邸(Villa Shodhan)は、現在、個人邸となっており、一般観光客は見学することができません。

アーメダバードに建てられた《サラバイ邸》《ショーダン邸》の二つの住宅は、「モノル」型(うねうねと水平に続いていくタイプ。女性的)、「シトロアン」型(塊として上へ伸びていくタイプ。男性的)という、ル・コルビュジエが1920年代に提唱していた二つの代表的な住宅のタイプを実現したものである。
コンクリートの塊に穴が開いたかのような壁面と、大きな穴が開いた傘状の屋根が見える《ショーダン邸》は、一見、欠陥住宅のようにも見えるだろう。しかし、これらは風塵を除けるための窓でも雨よけのための屋根でもなく、直射日光を遮り、風を通すための工夫なのである。これらはインドの気候を生かし、伝統的な半屋外空間をうまくアレンジしたつくりとなっている。建物のコアの部分にブリーズ・ソレイユと傘状の屋根を付与したのが、この《ショーダン邸》の全体像なのである。
また屋内は全体で5層の住宅ではあるが、屋内に斜路が設けられ、メゾネットタイプの部屋が3つあり、平面も立面も実に複雑でありながら、見事な収まりを見せている。引用出典元:ギャルリータイセイのウェブサイトより

アフマダバード:その他の近代建築

バルクリシュナ・ドーシ

1951~1957年までパリでル・コルビュジエのもとで働き、その後インドに戻ってアフマダバードで独立。インドの低所得者層などが住む住宅や公共建築などの数々のプロジェクトを手がけた。また、ルイス・カーンとともにインド経営大学を手がけた。質の高く信頼性のある建築を通して母国やインド国民に貢献してきたドーシ。その功績が認められ、2018年『プリツカー賞』を受賞した。

Balkrishna Doshi

▲2018年にプリツカー賞を受賞したバルクリシュナ・ドーシ (Photo©Sanyam Bahga)

▲バルクリシュナ・ドーシの事務所「サンガト」(画像出典 www.archdaily.com)

採光や風通しを考えたアトリエ「サンガト」。屋根の白いモザイクタイルが美しい。インドの伝統的な寺院の構成を生かした半地下のアトリエで、屋根の水を集めて建物を冷却しながら循環させ、アプローチから階段を下りたエントランスホールの壁面は、ドーシの作品とコルビュジエのスケッチが描かれているという。

ルイス・カーン:インド経営大学

Louis Kahn Plaza

▲インド経営大学(1974)IIMA:Indian Institute of Management (Photo©Vastrapur)

インド最難関大学院の一つ。アメリカのハーバード・ビジネススクールをモデルにした経営学校と言われ、アメリカの建築家、ルイス・カーンが手がけた。幾何学的な建築が特徴。

インドでのコルビュジエの空間が奔放でダイナミック(ラフな仕上げ)と言われるのに対し、カーンの空間は静かで穏やか、仕上げは精密と評されている。ともに力強い点で共通し、この地で二人の巨匠の作品を見比べることがアフマダバードの訪問価値を高めることでしょう。

アフマダバードのインド伝統建築(ユネスコ世界遺産)

アフマダバードの旧市街は、約600年の歴史をもつ古都。アハマダバードは近代建築以外に、歴史的建造物が豊富に残り、街自体があたかも「建築博物館」のようであります。

2017年、アフマダバードの歴史建造物群を含む町全体が“アフマダーバードの歴史都市”としてユネスコの世界遺産に登録されました。

 

▲ダーダー・ハリの階段井戸。1499年、当時のイスラム政権の王妃ダーダー・ハリの命により築かれた。数十段の階段を下って井戸に至り、さらに井戸の深さは20mほどという巨大な井戸。建築学的にきわめてすぐれた建物として世界的に知られている。イスラム教徒により築かれたため、装飾には偶像はないのも特徴。

▲ハーティースィン・ジャイナ教寺院(1848年建造)。アフマダバードの伝統建築はイスラム色が濃いが、この寺院はレース状の精緻な石刻、そして、柱に丸彫りされたジャイナ教の神々の偶像が目を引く。

インドのル・コルビュジエ建築を知るための参考図書


ル・コルビュジエのインド (建築文化シナジー)北田英治/ 彰国社(編)

▲写真を中心として、ル・コルビュジエの言葉、専門家による寄稿、対談などで編集された、しっかりとした装丁の本です(ソフトカバー)。現在は一般見学が不可となってしまったアフマダバードの「サラバイ邸」と「ショーダン邸」を特別取材した時の写真が貴重。

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