銀座のレトロビルヂングに酔いしれた午後

東京建築アクセスポイントさん主催の「銀座レトロビルヂング トークツアー(3時間)」へ参加しました。

一般社団法人東京建築アクセスポイントは「東京にある建築文化資源を通じ、社会と人を結びつける公益性のある活動を幅広く展開」という理念のもと、2016年から活動されていらっしゃいます。建築に関わる人や情報が集積するプラットフォームを構築し、それらを繋げていく「アクセスポイント」となる活動を目指しているそうです。

設立メンバーは、黒川紀章建築都市設計事務所で以前に勤務され、慶応義塾大学などで非常勤講師もされていらっしゃる和田菜穂子さんをはじめ、建築史家、建築ジャーナリスト、大学教授など、全員が建築の専門家で構成されています。

今回、東京建築アクセスポイントさんのトークツアーへ参加したのははじめてでした。以前からずっと、一度、個人的に参加してみたいと思っていました。私も普段、海外の名建築を訪ねるツアーを企画したりしますが、日本国内のことは、意外にもあまり多くを知らなかったり。

また、個人的には海外、日本問わず、レトロなものは好きなので、単純に「すごい面白そう!!」と思って参加してみました。

インターネットという情報入手の手段があたりまえとなっている今の時代、わざわざツアーに参加しなくとも、個人で情報収集をして、安あがりに見学できる、という考えもあります。

しかし、ツアーの良さは、時間や情報収集労力を節約できることや、そこに集う他の人たちの考えや見方を知り、大いに刺激を受けられることだと思います。ご縁があれば、その中から新しいネットワークが生まれるかもしれません。国内外に限らず、ツアーの価値はそこにあり、醍醐味ではないかと思うのです。

とても楽しい体験でしたので、ご紹介いたします。

はじめに

「銀座レトロビルヂング トークツアー」に参加しての第一印象は、まず「銀座にこんな素敵な建物が残っていることにびっくり!」でした。普段、銀座界隈を歩くことは少なくありませんが、メイン通りから少し外れると、1920~1930年代のお宝のようなレトロビル(クラシカルな洋風建築ビル)がこんなに残っているとは。

ツアーでは、それらを点でつないでゆきますが、そうして見えてくるのが、100年前の銀座の風景だったり、明治維新以降の日本の近代建築の歴史です。

一方で、知らぬ間にひっそりと姿を消しているレトロビルも後を絶たないようで、今回のツアーでも、そういう建物に遭遇しました。

3時間のツアーの参加者は、設計事務所などの建築を専門とする人以外にも、一般の街歩きファン、東京の観光資源を勉強している人など、多岐にわたりました。

ナビゲーターのかた(今回は代表の和田さん)も、お決まりの話を解説するというより、参加者同士の感想や意見交換を大切にされているように感じられました。お互いに意見交換をすることで、自分ひとりでは見いだせない新しい見方や発見をしましょう!ということを大事になさっているような・・・。一般の観光ツアーのように、ガイドさんが教科書的な定説を語るというアプローチでないところが面白かったです。

10軒ほど見学したレトロビルの中で、特に心惹かれたものがありますので、その一部を写真でご紹介します。

▼堀商店(1932年、小林正紹)▼

堀商店は、1923年の関東大震災後、街の再建とともに、需要が大幅に増えた西洋建築(洋館)に必要な「金物類」の供給を一手に担った会社。外観のディテールが「金物屋」であることを今に伝えているように思えます。

 

 

▼第一菅原ビル(1934年、吉田亨二)▼

フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを築いたのと同じ頃の建物。縦縞のスクラッチタイルが残る。

▼交詢ビル(1929年、横河工務店)▼

福沢諭吉が日本に初めて創設した会員制の社交場「交詢会」の跡。ファサード部分のみが残る。

▼丸嘉ビル(1929年、森山松之助)▼

写真右下。ボンポワン(Bon point)というフランスの高級子ども服ブランドの店舗が入り、新しい外観に修復リニューアルされていましたが、美しい虹に映えていました。

▼和光(1932年、渡辺仁作)▼

こちらはリニューアルを重ね、当時の姿を現在の素材で再生。堀商店と同時代に事業をスタートした和光(服部時計店)だが、銀座という地の中でのロケーションの違いや事業の社会ニーズの違いから、会社の資金面での差が伺われなくもない。(経済面では和光の資金のほうが潤沢に思われた)

▼泰明小学校(1929年、東京市)▼

アルマーニの制服を採用した是非でも話題になった小学校。関東大震災後に各所に作られた復興小学校の一つ。ツタで隠れているが、窓は洋風の半円形アーチ。

▼教文館・聖書館(1933年、アントニン・レーモンド)▼

アール・デコ風のオリジナルな内装が残り、しびれました。

▼奥野ビル(1932年・34年、川元良一作)▼

極めつけはこのビルでした。当時の高級マンション。現在、アートギャラリーや工芸品などのブティックとして使われていますが、建物の内部のオリジナル部分の残り方に感銘を受けます。これぞまさに“レトロ”でした。

おわりに

東京建築アクセスポイント様の活動は素晴らしいと思いますし、ツアーも興味深いものでした。1920~1930年代を世界の建築史でみると、ヨーロッパでは、ミースやコルビュジエなどの近代建築が萌芽する時期でもあり、銀座のレトロビルヂングの訪問を通して、日本と西欧との建築史上の接点も垣間見ることができたように思います。