アイリーングレイのヴィラE1027は巨匠コルビュジエも嫉妬した傑作住宅

近代建築の巨匠ル・コルビュジエが人生の後半を過ごした南フランスに、家具デザイナー・アイリーン・グレイが設計した別荘「E-1027」という知られざる名建築があります。

ル・コルビュジエ建築の近代性を先取りしていただけでなく、インテリア・デザインも素晴らしいです。

ある意味で、スキャンダラスな物件「E.1027」の情報をまとめした。

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アイリーン・グレイとは?

アイルランド出身の家具デザイナー(Eileen Gray, 1878年8月9日-1976年10月31日/98歳没)。

ロンドンのスレード美術学校の後、フランス・パリのアカデミー・コラロッシとアカデミー・ジュリアンで芸術を学んだ。その後、漆器修理や店で働き、漆工芸を学んだ。

その後、プロのファッションデザイナー、インテリアデザイナーとしての道が開け、トータル・インテリアデザイナーとしての先駆者となった。

1923年の第14回装飾芸術家サロン展で出品した作品(ベッドルーム)の繊細な造形感覚や優雅な空間性が、オランダ・デ・スティルの建築家J.J.P.アウトの目にとまり、賞賛された。

そのことをきっかとそして、アイリーングレイの名は広く知られるようになり、ル・コルビュジエをはじめ、同時代を代表する近代主義の建築家たちと接点をもつようになった。

その後、建築家デビューすべく1927年から1929年にかけ、南フランスに自身の別荘E1027を設計。内装と家具とともに代表作として知られる。

1930年から1931年には、恋人のジャン・バドヴィッチのために、パリのワンルーム・アパルトを設計。 1937年パリ博覧会ではル・コルビュジエらと仕事をした。

1950年代から視力の悪化により引退。1976年パリで死去。98歳。
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映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

2015年制作のベルギーとアイルランド合作の伝記映画。

アイルランド出身のインテリアデザイナーで建築家のアイリーン・グレイと、後に「近代建築の巨匠」と呼ばれるようになるル・コルビュジエとの間で、グレイが手がけた海辺のヴィラ「E.1027」をめぐって起きた確執を描いた映画作品。

「ル・コルビュジエのアイリーンに対する嫉妬」というスキャンダラスな仮説がテーマとなっている。

映画の予告編として使われた動画(2分弱)

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アイリーン・グレイ(Eileen Gray)のE.1027とは?

南フランスのロクブリュンヌ・カップ・マルタンに建つアイリーンの別荘は、1926年、アイリーングレイの建築家としてのデビュー作品。

自身と恋人のジャン・バドヴィッチと過ごすための暮らしやすさを第一に考えられ、二人の名前から「E-1027」と名づけられている。

ジャン・バドヴィッチは建築雑誌の編集者で、近代建築の巨匠ル・コルビュジェと近しい友人。

ル・コルビュジエの代表建築の一つ、カップマルタンの休暇小屋の隣に建っています。客人として訪れたル・コルビュジエは、あまりの居心地のよさに入り浸ったという。

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外観:アイリーン・グレイの建築

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

当時主流だったアール・デコのモチーフは影をひそめ、近代建築の造形感でデザインされています。
この一軒の住宅によって、モダンデザインのインテリアを示して各方面に多大な影響を与えることとなりました。

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

当時、空間の連続性や機知に富むディテール性が注目を受けたという。

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

E1027からのロクブリュヌ・カップマルタンの海岸の景色。

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

春~夏の晴れた日には素晴らしい眺望の場所だろう。

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーン・グレイの像。E1027に入り浸っていたル・コルビュジエが心臓発作で亡くなった海岸付近。

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内装:アイリーングレイ家具・テーブル・チェア

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

建築内部の装飾を廃し、モノクロームに仕上げた空間。近代建築の造形感でデザインされた先駆け。

空間の連続性や機知に富むディテール性が、当時、注目を受けたが、世間ではル・コルビュジエの建築だと思っている人も少なくなかったと言われている。

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーン・グレイは、史上最高額で落札された椅子を手掛けたことでも知られる家具デザイナーである。

これらのソファや椅子をはじめ、E1027の家具群はのちにレプリカとして製品化されている。

白い革張りアームチェア「ビベンタム」、楓材フレームとメタルジョイントの革クッション「トランザットチェア」などが知られている。

ビベンタム:アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

ビベンタム(ソファ椅子)

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

右側にレプリカとして商品化された「トランザットチェア」

ル・コルビュジエはベッド横の仕切りのような壁全体を派手な色づかいの抽象画で埋め尽くした。

おそらくは、アイリーン・グレイが意図した内装デザインとは全く異なるものであったことが想像つき、アイリーンの激怒も個人的には理解できてしまう。

E1027でくつろぐル・コルビュジエ©https://capmoderne.com

1925年にはスチールパイプ製の家具製作をはじめた。ベッドの横にあるサイドテーブルがアイリーングレイのデザインとして有名。

ガラステーブルの作品「E-1027」の本物オリジナルは、ニューヨーク近代美術館の永久コレクションに収められ、人気を博しているそうだ。

E1027内のサイドテーブル「E1027」@Geheimnisträgerin

E1027内のサイドテーブル@Geheimnisträgerin

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーンの別荘を自邸のように使っていたル・コルビュジエが描いた抽象画(コルビュジエが提唱したピュリズム絵画)。

許可なくそうした装飾をしたことにアイリーンは非常に立腹したという。

その裏には、光り輝く才能を発揮するアイリーンに対する、コルビュジエの嫉妬と欲望が絡まっていたのだろうか?

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

全く古さを感じさせないデザイン。1920年代、気鋭の家具デザイナーであったことがわかる。

バスルームも現代的に見える。

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

 

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

機知に富むディテール。この「女性らしさ」と「繊細さ」は、同じ近代建築の元祖であるル・コルビュジエ建築の内装には見られない。

アイリーン・グレイ「E.1027」南フランス・ロクブリュヌ・カップマルタン

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感想

E-1027はル・コルビュジエの代表建築「サヴォア邸」の約2年前に建造されています。

サヴォア邸のエッセンスになっているような建築理念を先取りしているだけでなく、女性らしい感性で、繊細さと美しさを兼ねそろえた建築。

ル・コルビュジエが内心は嫉妬しつつ、コルビュジエの代表建築へつながるヒントをE1027から得ていたのかもしれません。

場所、アクセス

行き方は下記の記事の一番下をご参考下さい。(E1027はカップマルタンの休暇小屋の隣)

関連情報

アイリーングレイ「E1027」
公式サイト(英仏語)/ 英語参考記事

≪カップマルタンの休暇小屋へ訪問するツアーの一例≫
フランス、スイス ル・コルビュジエ建築をじっくり味わう旅 8日間

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